瀬戸川さんよりエッセイが届きました。
10月15日 空中カフェ:小川俊充、グロッシェル・アーノルド
眠りから目覚めるごとにリセットされる自分がいる。まるでスイッチを入れたコンピューターのように起動する。もともとコンピューターが人間を真似ているわけだが。眠りの間の空白が、あたかも連続していたかのように何の違和感もなく一瞬のうちに埋められて不連続の連続をつづける。心配ごとまで甦る。記憶が自分を解放させない。記憶が自分たらしめているというべきか。現実とくっついた束縛された関わり方が自分自身をつくっているのだろうか。自分という多面体の側面が同時進行のいろんな現実にくっついていて窮屈にさせている。執着することは均衡を欠かせ、硬化させ、自分を滞らせる。けれどそのどこか麻痺したような部分をもつことで人とは違う自分であるかのような錯覚を覚える。半分錯覚で、半分真面目。あえて不透明で歪んだモヤモヤをいつも抱えて捨てないこと。直視する能力を持ち合わせること。そうやって自分自身を形成させていくのだろう。目覚めるといつも現実というページの中に居る。
作家の瀬戸川満里子さんが毎回様々な方をお招きし,会話の中から感じたことをエッセイにつづる企画「空中カフェ」。
今回のゲストは茶道の片山宗雪先生です。
それでは瀬戸川さんのエッセイをご覧ください・・・。
作家の瀬戸川満里子さんが毎回様々な方をお招きし,会話の中から感じたことをエッセイにつづる企画「空中カフェ」。
今回のゲストは美術評論家であり、水と土の芸術祭のアドバイザーでもある大倉宏さんです。
それでは瀬戸川さんのエッセイをご覧ください・・・。
8月28日 空中カフェ:江口歩、戸松知子、グロッシェル・アーノルド
今日も空中カフェでおしゃべりの森に迷い込んでしまった。“お笑いというスーツ”を着た江口さんは、誰とでも手を握れるという。誰とでも握手し、彼は“間”に居ることを願っていて、どんな人とも、どんな状況の中へでも入っていって、人と人を握手させようとしている。自分の一歩でバリアを取り払おうとしているようである。その一歩が相互理解を可能にするだろうという強い信念を秘めているから、動ぜず、活動の輪を広げている。そして「自分は右翼でも左翼でもなく、みんな仲翼(ナカヨク)だ。」と言って笑わせた。
8月21日 空中カフェ:Caoimhghin O’FRAITHILE、Arnold GROESCEL
彼の作品には「Tears of my Father」というもうひとつの題名がつけられていた。私はその訳を知りたいと思った。アイルランドの文化と育った環境と個人的な思いのなかから「父に捧ぐ」という副題がつけられていた。見る側の自由な解釈と別の作家のこだわりの表現。
8月11日 空中カフェ:中村信子、中村周、アーノルド・グロッシェル
何十年ぶりの再会。唐突な再会。大学時代に彼女と交換したアリアスの石膏像が家の入り口を上から見下ろしている。彼女は私が模写したコクトーの「凝視」をもっているはず。その絵が今どうしているか聞きそびれたけれど、彼女の自由にしてもらったらいい。
7月23日に作家アン・グラハムさんとアンソニー・ボンドさんをお招きして行われた空中カフェ。
その続きのエッセイが瀬戸川さんから届きました。
それではどうぞ・・・
作家の瀬戸川満里子さんが毎回様々な方をお招きし,会話の中から感じたことをエッセイにつづる企画「空中カフェ」。
今回のゲストは水と土の芸術祭の参加作家アン・グラハムさんと,ご主人のアンソニー・ボンドさんです。
それでは瀬戸川さんのエッセイをご覧ください・・・。
りゅーとぴあ空中庭園で展開中の瀬戸川満里子さんの作品「時をこえて」。
この場所に様々な方を招いて会話をし,そこから感じたことを瀬戸川さんがエッセイにする「空中カフェ」。
記念すべき第1回目のゲストは,水と土の芸術祭に参加しているフランスの作家,ジャン=リュック・ヴィルムートさんです。
瀬戸川さんから早速エッセイが届きましたので,ご覧ください・・・。
事務局のマーです。
りゅーとぴあ空中庭園で展開中の瀬戸川満里子さんの作品「時をこえて」。
音楽,朗読,パフォーマンスなどの表現の場としても展開していくこの作品で,瀬戸川さんによる新たな企画が始まります。

最近のコメント