【伝承芸能・盆踊り】松浜 盆踊り
サポーターのヒライワさんより、お祭りのレポートが届きました!
サポーターのヒライワさんより、お祭りのレポートが届きました!
サポーターの堀川雅弘さんからのご報告です。
初めまして!みずっちたんくの常駐員に新たに加わりました、オオノ、と申します。よろしくお願い致します。
さて、本日私はタカラみつけ隊の取材に初めて同行させて頂きました。
中央区のOさん宅へお邪魔しました。どんな「タカラ」を紹介して頂けるのでしょうか?わくわく。
タカラミツケ隊、こばやしです。
本日は昭和36年8月の中ノ口川の洪水の記憶です。
南区のHさん宅を訪問。
タカラアツマレ、日々、続々と更新中。
見つけ隊コバヤシです。
みずっちたんくのチハラです。
たんくのさくらも本格的に散り始めました。
みずっちたんくのサイトーです。
たんくの桜もそろそろ三分咲き、といったところでしょうか。
4月12日(日)には、水と土の芸術祭プレイベント「さくら祭り」が開催されますよ。
お花見がてら、ぜひ「みずっちたんく」にお越し下さい!
横雲橋のことならこの人へ!!
と、、、区役所の方からの紹介で伺いました。
タカラみつけ隊 こばやしの報告デス
「タカラみつけ隊」 新潟市北区での取材記。サポーターのTさんからの報告です!
タカラみつけ隊、こばやしひろきデス。
タカラ収集、進んでます。
掘れば、掘っただけ、出てきますね!
本日はこれ!!
タカラアツマレ行ってきました!
タカラみつけ隊のこばやし ひろきデス。
今日のタカラアツマレは、、、
南区の西笠巻地区からの報告です。
西区の大阪屋さんへ「新川せんべい」の取材へ行った、サポーターKさんからの報告です!
みずっちたんくのサイトーです。
さてさて、お久しぶりのソレモタカラ、本日はその②です。
常駐員チハラ推薦!みずっちたんくにある「タカラ」をご紹介するシリーズ第三弾!
本日は「事務所裏のツタ」です!!
みずっちたんくのチハラです。
みなさんは「寿々木 米若(すずき よねわか)」という浪曲師をご存じですか?
「ニイガタのタカラアツマレ」
サポーターのSさんからのご報告です!
みずっちたんくのサイトーです。
3/15のタカラみつけ隊は、江南区早通にある「玉井邸」と「円周寺」におじゃましました!
次々とタカラを拝見させていただいたとのこと、
みつけ隊の皆さんは、うれしい忙しさを味わったそうです。
今回は、メンバーのココさんからのご報告です!
お久しぶりです。水&土事務局の白井です。
先日のサポーターズ会議でのディレクターの話を聞いて、私も自分のルーツを探すべく、実家の探検をしてきました。
早速、おばあちゃんの若かりし頃の写真と、お父さんの子供の頃の写真を発見!
「ときめき」 それは何にも代えがたい心の動きです。
本日は、“あるもの”にときめいているサポーターさんの活動をご紹介いたします。
遅くなりまして、申し訳ありません・・・。みずっちたんくのチハラです。
3月4日に行われた「サポーターズ会議」の中身を、北川ディレクターによる「タカラアツマレ」についてのお話中心にお伝え致します。
みずっちたんくのサイトーです。
このブログの賢明な読者の皆様は、
「あれ?また”①”?
この前の津島屋閘門排水機場が、「コレモタカラ①」だったんじゃ?」
…と、お思いになるかもしれませんね。
そうです、そうです、間違っておりませんよ。
今回は、「ソレモ」でございます。
サポーターのカイです。二週間前の2月14日バレンタインデー。ちょうど一年前のこの日も「大人の放課後会議」に出ていたのを思い出しますが、今年も、タカラアツマレの取材に山二ツの早津さんのご自宅を伺いました。
水と土の芸術祭実行委員会事務局では、今、”新潟の「水と土」の記憶“を持つ「タカラ」の情報を集めています。
でも、この”新潟の「水と土」の記憶“って抽象的で、ピンとこない人もいるはず。
「タカラってなに?」「具体的にはどんなものがほしいの??」
芸術祭実行委員会では今、「ニイガタのタカラ」の情報を集めています。
今現在、集まっているものは、古い写真・古い農機具・古地図・伝統文化・・・などどれも昔のニイガタの暮らしと文化を伝える貴重なものです。
みずっちたんくのチハラです。
先週の金曜日、水&土サポーターでもある横越の「ナカムラ瓦工事業」さんのところへ、「タカラアツマレ」の取材に行ってきました!
みずっちたんくのチハラです。
旧亀田浄水場(現みずっちたんく)から、ここにあるタカラを不定期シリーズでご紹介いたします。記念すべき第一弾は、もちろん、タンクです!
↑ 登録有形文化財 旧亀田町上水道高架水槽(通称:水道タンク)
「みずっちたんく」市民サポーターズの拠点では、2月1日の開所式準備に大忙し。でも、このニイガタのタカラアツマレの募集に応じてくださった斉藤喜三さんの作品には目が釘付けになりました。素晴らしい。下記、斉藤さんの応募してくださったものの中から28番目のものをそっくりそのまま皆さんにお伝えしようと思います。
28 飛行機起こし
新潟市に移管するまで飛行場は松ヶ崎飛行場でだった。松浜は川口が開いて下山から山ノ下近くまで二分される形になった。とにかく砂浜利用の飛行場なので粗末な物である。至る所に砂の吹き溜まりがあった。その砂浜に学校の屋内運動場みたいな格納庫があり、少し離れた左側に油を貯蔵する余り大きくない貯蔵所があった。
飛行士が休むのか小さな小屋もある程度あった。滑走路は砂が風に吹き飛んで少し固まった程度の滑走路だったから、慣れない飛行士の時だけでなく週に3~4回位か、新聞を運んでくる飛行機がチョイチョイ逆立ちをする。だから飛行機の音がすると男の子も女の子も飛行場へ舟で或いは泳いで行く。逆立ちすると飛行士は尾翼の所へロープを架け子供たちを集めぶら下がって直す。その駄賃がコンペイ糖ということになる。子供たちにとって得がたい楽しみだった。
ニイガタのタカラアツマレ、皆さんのご協力に感謝、感謝です。随時紹介していきます!
バケモノ丁場。ばけもんちょうばと呼ばれているところが西蒲区福井と岩室の間にある樋曽地区にあった。ここは、水はけが悪く、底なし沼のようであったようだ。何せ土を盛っても翌日になるとその土を全て飲み込んだようにまた元のように窪んだ泥沼のようになってしまう。福井旧庄屋佐藤家保存会の事務局長で写真家の斎藤文夫さんは、その辺りは泥炭地で今でも動いていて一年に0.5mm沈むところがあるという。福井から岩室へ向かうまでにある橋は毎年少しずつ下がり、見渡すと道が確かにでこぼこしている。近くに衛生センターがあるが、この建設時に新谷(あらや)遺跡が発掘された。毎年0.5mm沈んでいくのは4,000年続き2メートルになっていたことがわかったという。
写真は、斎藤文夫さんが撮影した樋曽山隧道だ。この写真にバケモノ丁場が記録されている。
樋曽山隧道は昭和8(1933)年から工事が始まり完成したのは昭和14(1939)年。新樋曽山隧道が昭和43年の完成。写真にはまだ新樋曽山隧道は影も形もないので、昭和30年代の頃だと思われる。
市民サポーターズ事務局
和田一良
水と土の芸術祭は、新潟市でなければ語れないまちと人の物語を発信しようと準備を進めています。『新潟が語りだす』と訴えるポスターもその一つ。ポスター貼り、お手伝いくださっている皆さん、ありがとうございます。まだまだ広げていきましょう。(新たにお手伝いいただける方、事務局までご一報をお願いします)
そして、『ニイガタのタカラアツマレ』です。“新潟の「水と土」の記憶”を持つ「タカラ」を探しています。「水と土」にまつわる写真、物、手紙、唄、遊びなど、先人の歴史や暮らしを伝える記憶や記録は新潟の「タカラ」です。寄せられた「タカラ」を基に水と土の芸術祭(仮称)で展示などを行います。あなたも芸術祭出品者の一人!
市民の皆さんには、ぜひともここに参加してほしいのです。〆切は3月31日です(詳しくはここ)。そしてサポーターとなっていただきたい!。タンスの奥にしまってある古い写真はありませんか?おばあちゃんが唄うようすを憶えていませんか?昔の暮らしぶりがわかる道具や衣類はありませんでしょうか?新潟の心を伝えるほほえましい光景はありませんでしょうか?

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