【空中カフェ】瀬戸川満里子さんよりエッセイが届きました
12月18日 空中カフェ:瀬戸川満里子
雪が空から舞い降りてきた。どんどん積もって空中庭園を真っ白にした。雪の空中庭園にお目にかかれるなんて、何という幸運。12月18日、雪の中の「空中カフェ」。
また作品が生まれそうだ。
螺旋、沈黙、混沌、ペン、半透明、曖昧、濃縮ジュース、凝視、不協和音、唐突、刹那、直感、コーヒーカップ・・・・・
ことばのオートマチズム。浮かんだことばを羅列する。そんなことを楽しんでいた時期があった。ずいぶん以前のことである。結局、自分の好きなものに囲まれていたいという願望だからだろうか、いつも同じようなことばが並ぶ。その中に“コーヒーカップ”ということばを選んでいる。テラスのテーブルに置き去りにされたコーヒーカップ。そんな風景が何故か私の心を惹く。指先のしぐさや会話のなかのことばがまだそこに余韻を残して在るようだ。それとも行きかう人を眺めながら一人思索に耽っていたのだろうか。そしてみな雑踏の中に散り散りに消えていく。テーブルの上に残されたコーヒーカップ。
作品の中で飲む一杯のコーヒーは会話を弾ませた。いくつもの快いひとときに感謝したい。
現代アートが“コミュニケートを得意として、もてなしの流儀を兼ね備えたとどまるところを知らない仕掛け人”だとすると、この一杯のコーヒーは何だろう。目に見える形こそつくらないが、何だか似ている。
今回の『水と土の芸術祭』。大きなテーマから出発していて、さらに広域にわたって多くのことを同時進行させながら進み出した船。だが、みんなを乗せてどっちの方向に連れて行こうとしているのか、だんだん先が見えなくなった。長い会期の中でいつのまにかみんな別々の小さな舟を漕ぎ出して冬の荒海に漂流しているようだ。なかなかそんな芸術祭に出会えるものではない。これもまた他に例を見ない一つになったのだろうか。
場所が歴史と記憶を語るように、個々の歩んだ軌跡がことばを並べる。
-掘り起こし作業で一歩進む。
-自分の足跡を振り返ることで一歩進む。
-現代アートを介入させて再確認を図る、また一歩進む。
-ことばにすることで再確認する、また一歩進む。
-人が交わることで変化が加えられて一歩。
-ことばのなかで別の解釈が加えられて一歩。
何のための一歩。
-発信して人を動かすことは経済効果を生み出す。
-ことばは内なる自分を刺激して思考を豊かにする。
-おもしろいことをすると注目されて発言権を手に入れることになる。
-思考をエッセイにすると次の出会いのはじまりの機会になる。
-すると今度は期待されるから期待に沿える体制づくりが必要となる。
-押しつぶされないような周到な思考へと練り上げていく必要がある。
結局、何のために。
人は何を伝えたいのだろうか。何と交信したいのか。何を求めているのか。意味を知りたい。地域おこし、活気のある町づくりのため。動き出した船は、今回を検証することで次を見つけるはず。継続の次ではなく、次はもう一つ別の船の『水と土の芸術祭』を期待したい。歴史も環境も何でも、個人的な自分の歩みに接点を持つとき、意味や意義が見出せ活き活きとする。接点はいくらでも見つけられるし、いろんな角度から接することが可能だろう。
私のなかの歩み、佐善(生まれて魂が宿る)-東京(油絵と美学)-パリ(現代アートとエトランジェ)-弥彦(自然)それらが全部現在形でつながっている。私の次にやりたいことは、年に一度しか開かない小さな個人美術館を開くという構想。ようやく構想の実現の時を感じる。そこで飲むコーヒーと語らい。どんな「カフェ」か、今からその日が待ちどうしい。私はそこで私のやり方で“表現”をつづけていきたい。求めるところは“美”。美しいものを探したい。美しいもののまえで人は謙虚になるだろう。そんなものに出会いたい。
瀬戸川満里子




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